1996年賞金総額世界一のレース・ドバイワールドカップが創設されました。そのころになると日本国内のダート界も地位が向上し始め、1997年に中央競馬でも
ダートのG1レースフェブラリーステークスが創設されました。それ以前はダート路線といえば、芝で活躍できない馬が出走するレースといういわば格下の扱いでありまし
たがこれを機により専門性の高い、ひとつのジャンルへと確立されていきます。その過程で2000年、秋のダート頂上決戦として創設されたのが国際招待レースのG1・
ジャパンカップダートであります。
しかしこのジャパンカップダート、国際招待にも関わらずほとんど有馬記念予想外国馬が参戦してこないレースとなっています。国際的なダート路線の日程的問題もあるでしょうが、
大きな原因のひとつが東京競馬場ダート2100mというコースでした。スタート直後に1コーナーがあるこのコース形状は、非常に展開に左右されやすく実力が発揮され
にくいという欠点があったのです。そこで2008年より競馬場を阪神に移し開催されるようになりましたが、今度はダートコースの世界標準・左回りと異なる右回りの
コースとなっていてこれも海外馬が参戦を躊躇する要因となっているようです。
ダート路線がメジャーになって日の浅い日本競馬界、東京大賞典そのためダートの国際化には問題が山積しています。はやい改善がJRAに求められています。